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・表紙を島津晶左さんにお願いしております。
・田中&西園寺VS.一本木&凛の混合編成みんなで対戦モードです。
・田中好きのひとから頂いた西園寺を見ながら菊地贔屓な一本木好きが考えた話なので根っこはそんな感じです。
・要はシリアスなので大真面目故に通り越してギャグにならなかったこともないっていうか。
空は快晴だったが、降り注ぐ日差しもその分強い。光を受けて一層白さを鮮やかにした手袋を填めた時、田中一は時計を身に着けたままだったことに今更のように気が付いた。汗がうっすら滲む手首から慌ててベルトを外し、隠すように掌に握り込む。入団当時ならいざ知らず、最近はもうそんなミスはしなくなっていた筈だったが、今日はやはり集中を欠いていたらしい。本番まではもう数十分程の余裕があったが、一旦コートに出てきてしまった以上、もう控え室には戻れない。とは言えメインに立つ以上は制服のポケットに私物を入れておくことも出来ず、反射的に辺りを見回した時、偶々近くにいた菊地が気付いてくれたようで、傍に駆け寄って来た。
「時計、預かろうか」
「あ……いや。助かるけど、でも君は出番あるだろ。誰か、他の人に頼むよ」
「僕は今日は上の方だから、多分平気だと思うよ。走り回って落とさないかだけ心配だけどね」
そう言って笑い、菊地はスタジアム型の客席を視線で示す。さりげない気遣いに、緊張が少しだけ解れた。
「判った。すまない、頼んでいいかな」
田中から預かった銀色の腕時計を、菊地は裏地のポケットの中に仕舞い込んだ。学ランの上から軽く叩き、時計のふくらみが目立たないことを確認する。
「大丈夫そうだ」
「悪いね」
「いいよ、このくらい。それより、調子良くないみたいだけど大丈夫かな」
「そうかな……。確かに、集中出来てない感じはするけど」
茹だるような暑さのせいかと思い、田中は学帽を脱いで額の汗を拭う。眼鏡も外し、眉間を押さえた田中を、菊地が気遣うような面持ちで覗き込んだ。
「今日は仕方ないよ。僕だって、何だか落ち着かない」
そう言って、菊地はテニスコートを囲む客席を見上げた。強い日差しの下でも、コートを見下ろす観客席は既に満員で、今から決勝戦の開始を心待ちにしている熱気が伝わって来る。確かに田中も菊地も大勢の前での応援は然程経験が無く不慣れで、場内を埋め尽くす人数にも圧倒されてはいたが、今日の緊張の理由はそんなことではなかった。それを考えた途端、急に観客席のざわめきがすっと遠くなったように感じ、手袋に包まれているはずの掌の汗が冷たく引いた気がした。
「田中くん」
不安そうに菊地が呼ぶ。硬い表情のまま、それでも田中は気丈に頷いた。
「ああ、大丈夫。だって……」
* * *
敵意や害意とも違う、けれど味方の士気を高め敵の戦意を根こそぎ殺ぐための確かな意志と力がそこに籠められているのを、田中ははっきりと感じた。
田中達は普段、具体的な姿のある敵と闘っている訳ではない。強いて言えば不安や恐怖、そんな漠然とした自分自身の中の感情がそれに当たると言えた。しかし、今回は違う。紛れも無く田中は彼の敵で、向けられた存在の強さがこれほどのものであることの、その意味を今更のように思い知る。
「呑まれるな」
毅然と言い放つ声がした。俄かに冷水を浴びせられた思いで、田中は我を取り戻す。呆れた表情の西園寺が、いつの間にか田中の背後に立っていた。
「全く、あの男も容赦が無いな」
「は……」
慌てて姿勢を正し、田中は幹部への非礼を詫びる。構わないといった素振りでそれを制し、西園寺は悠然と腕を組んだ。あれだけの気迫に晒されながらも、その佇まいはまるで揺らいでいない。
「だが、貴様も貴様だ」
「西園寺さん」
「ああも簡単に相手の気迫に呑まれるなど、以ての外だ」
睨まれる。青みを帯びた灰の虹彩に、不機嫌そうな色が浮かんでいた。
「一本木のところもそうだろうが、俺達の立場はいつでも、自分が矢面に立って戦うというものではない。戦うべき者が勝利を得るために、不安を払拭し奮い立たせることが俺達の役目だろう。その俺達が、先に怯んでどうする」
「……申し訳ありません」
「この場に選ばれた理由を、蔑ろにするな」
静かな叱責だった。認識の甘さを再確認させられ、田中はもう一度頭を下げた。平時の立場はどうあれ、今は一本木とは陣営が分かれている。その彼に経験も格も器も関係なく、全力で相対されているのは有難いことの筈だった。
「尤も」
西園寺は視線を眇め、半面のコートを見た。
「あいつならば、たとえ今回の相手が百目鬼さんだったとしても、同じようにしたかも知れんがな」
* * *
「考えたな」
感嘆のようにも嘆息のようにも聞こえた声音で、西園寺が呟いた。
「田中、と言ったな。今の演技と同じことが出来るか」
「……無理です。とても」
考えるまでもなく首を振る。幾ら相手が細身の女性とは言え、あの高さまで人間一人の身体を支えて飛ばす筋力も、落ちて来るチアリーダーを怪我させずに受け止める技術も、自信も無い。
「何故、そう思う」
「自分にはまだ、あのベース役を代われる程のバランス感覚も力も無いからです」
「正しい分析だな」
意外にも西園寺はあっさりと頷いた。背を向け、慣れた調子で命じる。
「行くぞ。本当の見せ場はこれからだ」
声に俄かに凄みが混ざり、田中は反射的に背筋を正した。後を追って自陣の持ち場に向かいながら、西園寺の背中に問いかける。
「西園寺さん。本当の、とは」
「試合はまだ始まってもいないだろう。それに次には、敵に回すと厄介な男が更に控えている。聊かフライング気味だが、白咲は奴のために場の空気を闘いやすくしたに過ぎん。俺達が二人がかりだから、いいハンデだとでも思ったのだろうが」
西園寺は苦々しい声で、けれど当然のことのように続けた。
「その声が聞こえるだけで、何者にも負ける気がしない。本当に怖いのは、そんな存在の方だからな」
事も無げにそう言う。芝を踏む田中の足音が止まったのを訝しんでか、西園寺は肩越しに振り返った。
「俺がそんなことを言うのが、意外なようだな?」
一瞬答えに詰まったが、田中は頷いた。
「西園寺さんは、一本木さんのことを、そんなふうに思っていらしたのですか」
「ああ」
簡潔な答えだった。それだけに真摯で、嘘が無かった。
「一度だけ奴と共に闘った時も、その前からもずっと思っていた」
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