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久々にちょっとまとも(本人比)にCruising担当エージェントと孤高リーダー話。
バレンタインをスルーした分際でホワイトデー更新と言い張ってみます。
降って来た声に振り仰ぐと、歩道橋の欄干から手を振られた。月を背にして笑う人影に、一本木龍太は無言で目を細める。夜目にも鮮やかなダークブロンドの男は、普段のサングラスの代わりに良く似たフレームの眼鏡を掛けていた。
「お疲れさん、リュータ。今帰りか?」
「朝日町に居たのか」
「まあな。今降りるよ」
白い息を弾ませ、段を降りる足取りも軽快に、黒服のエージェントは一本木の隣に飛び降りた。手櫛で髪を撫でつけて直し、Jは満月を仰いだ。
「通りがかったら、たまたまウェアウルフの悲鳴が聞こえてさ。ちょっと手伝って来た」
耳慣れない単語だったのか、一本木が怪訝そうに眉を寄せる。少し考え、Jは言い直した。
「そうだな。日本語なら、狼人間とでも言えばいいか」
得心した表情で、一本木は頷いた。
「大神さんか」
「さすが、よく知ってるな。こっちに来たってことは、ハヤトに用事でもあったのか?」
「いや」
僅かに首を振る。片手に提げていた小さな袋を一瞥し、続きを答えようと口を開いた途端、Jに一息に遮られた。
「そうか。もう帰るなら、俺も一緒に夕波荘に戻るよ。チーフ達も待ってるだろうし。行こう」
肩を叩かれ、促されるままに一本木はJと共に夜道を歩き始めた。
静かな晩だった。吹き寄せる風は冷たく、二つの町を隔て繋ぐ川べりに、靴音が二人分響く。ただ歩いているだけでも何処かリズミカルな足音を遮らないように、一本木は口を開いた。
「さっきも」
「ん?」
「歌ってはいなかっただろう」
「ああ」
事も無げに答える。咎めるでも諭すでもない、しかし真っ直ぐ揺るがない視線を向けながら、一本木は続けた。
「俺達のやり方に合わせることはない。普段通りにして貰って構わない」
「……ふむ」
Jは短く頷き、指先で顎を摩った。少し考え、口を開いた。
「なんか誤解があるみたいだな」
「何故かを知りたい」
「何故って言われてもなあ」
Jは唇をへの字に曲げ、冬風の冷たさに肩を竦める。
「まあ確かに、歌う場所によってコンディションは少しずつ変わって来る。吸った空気で声の調子だって変化するし、選ぶ歌も違う。って言っても、何処の国でどんなクライアントにどういう歌を歌うか考えるってのは、俺達の楽しみの一つなんだが」
言っている内に、自分の言葉に自分自身で納得したように、Jはゆっくり頷いた。
「だからそう聞かれたら、ただ、ここではそうしたいからとしか言えない。この国でのことは仕事みたいな、そうじゃないような、どっちでもない感じだからね。そういう曖昧なのも許される」
迷いのない答えに、一本木は何かを考えるように沈黙を保っていた。片時も崩れず、いつでも変わらないその姿勢に、Jは微かに口元を綻ばせる。背筋は凛と伸び、その佇まいには余計な力も意気込みも感じられない。それにこんな寒い日でも、たとえば団服のポケットに手を入れたままで人と話をしたりしないようなところも気に入っていた。そういう姿も在り方も、形ばかりを真似して出来るものではないことは知っている。であればせめて、近付くためにその空気に触れていたいとも思う。
透明なレンズの向こうで、碧眼が微笑んだ。Jは眼鏡のフレームを押し上げ、確かめるように尋ねる。
「納得したか?」
ほんの少し間を空けて、一本木は鷹揚に頷いた。
「杞憂だったのが判った」
「何が」
一本木はそれには答えずに、持っていた袋をJに差し出した。
「会えたら渡すつもりだった」
「俺に? 何かな。開けていいか」
答えを聞く前に紙袋を開ける。中には、明るい配色のプラスチックフィルムのパッケージが入っていた。オレンジのような見慣れない果物の写真がプリントされている。その中で更に小分けになった幾つかの袋の中には、丸い飴が入っていた。
「へえ。キャンディ? なあリュータ、ここに書いてある『キンカン』って何だい」
「喉にいい」
短い答えに、Jが二、三度瞬きする。
「気候が合わないのかと思っていた」
「……なるほどね」
一人心得顔で頷き、Jは指先で飴を摘む。翳すと月の光が飴の中に留まるように仄かに輝いた。緑の瞳が明るい琥珀の玉をほんの少しの間見詰め、それから口の中に放り込んだ。
「そういうことなら、有難く貰っとくよ。じゃあ、後でこの礼に仕事抜きで歌おう」
あっさりと言われ、一本木は目を細めた。
「しかし」
「ああ」
頷きかけた表情が曇った理由に、今度はすぐに気付いた。
「寒気を深く吸わなきゃ平気さ。それに、こんな日に歌うのは嫌いじゃない」
言って飴玉を噛み砕き、Jは甘い破片を飲み下す。唇と舌の上に残る甘さを舐め取り、清めた。
立ち止まり、胸の前で軽く左手を広げる。温度、湿度、空気の色、今ある環境の一切と自身の声とを調律し、空から降る何かを受け止めるような格好で、Jは目を閉じた。
この国の大気で紡いだ声は、きっとこの国だけのものになる。歌う曲は既に決めていた。湿気が適度なせいか、或いは機嫌が良いせいか、今日の声はいつもよりも透る予感がした。
ゆっくり長く吐き出した初めの音が、夜気に白く溶けていく。闇の中に響いたのは英語の歌詞で、一本木の知らない歌だったが、耳に心地良く触れた。歌い続けるJの傍で、一本木はほんの微かに息を呑んだ。
どんな訓練で身につけた歌唱法なのか、或いはどんなトリックなのか。アカペラの主旋律を追いかけている一つのコーラスは、J自身の声の響きだった。
久々に思い切り声を出し歌い上げて、Jは漸く思い出したように傍らを見た。一本木が言葉を失ったまま目を見開いていて、Jは意を得たように軽くウインクする。
「チーフはもっと凄いぜ? その気になれば、ボイスパーカッションから何から自分ひとりでやっちまう。俺はまだまだだ」
ふと真剣な表情が浮かび、次の瞬間、それを吹き飛ばすように満足気に破顔する。上機嫌な様子で、Jは一本木の肩を何度か叩いた。
「それにしても、お陰でいいものが見られた。あんたでも、そんな風に驚くことがあるんだな」
「見たことがないだけだ」
「そうか? そうかなあ……」
平然と答えられる。まるで動じないいつもの姿に、Jはほんの少しだけ不服そうに首を傾げた。
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飴ネタだけでホワイトデー作品と言ってみます。
EBAなら一人コーラスという離れ業も行けるかも知れんと思ったのは某Aさんのアル○ネリコプレイレポを見ていた時でした。ムチャ言うなって話ですね(まったくだ)。
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