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孤高新人と孤高リーダーの話2番目です。



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容赦の無い夏の陽射しの下、子供達の影がまろぶようにして漸く頂上に辿り着いた。何かが詰まってぱんぱんに膨らんだ紙袋を、慎重に草の上に下ろす。大きさ程に中身に重さは無いのかも知れなかったが、自分の身体より大きな荷物を腕一杯に抱えて坂を上がって来たせいで、三人とも息が上がっていた。小太りの少年が草に尻餅をつき呼吸を整える傍らで、黒髪の少年が額の汗を腕でぐっと拭う。もう一人の気弱そうな少年は、丘の大樹を途方に暮れたように見上げていた。幼い瞳には、その木はどれほどの大きさに映っているのだろう。空一杯に緑の枝を伸ばす巨木の下、少年の顔には絶望感にも似た暗い戸惑いが濃く浮かんでいる。
 田中は顔を上げた。彼らが何を成そうとしているのかは判らない。判らないし、触れてもいけない。ただ、声を発するなら今なのだと思った。成し遂げることを直向に願う力を、原始のように振り絞る声に変える。手を貸し同じ荷を負い傍らで支えるのではなく、成就への一歩を踏み出すために、力を籠めた声ひとつで背を押すという、そのことだけを許されている。そしてそれが全てだった。田中の力は今は弱いものでしかなかったが、あの小さな手のひらに希望を繋ぐ勇気を、ほんの少しだけでも奮い立たせることは出来る筈だった。
「一本木さん」
 子供達を見つめたまま、田中は幹部の名を呼んだ。
「自分にやらせて下さい」
 きっと今度も答えは返らない。許しを待たずに構えようとした田中を制したのは、短い言葉だった。
「いや」
 田中は弾かれたように傍らの横顔を振り仰いだ。先刻の田中と同じように、前を見据えたままの一本木が続ける。
「俺が行く」
 思いの外透った低い声が耳を打った。虚を突かれ言葉を失う田中を今度こそ一顧だにせず、一本木は言うが早いか白手袋の甲の弛みを軽く噛み、唇で引き絞るように深く填め直す。間髪を入れず足幅を開いた革靴が土埃を跳ね上げ、拳舞の踏み込みを描いた。田中の一歩前に踏み出す形になったその団服の背に、真紅の鉢巻が長く翻る。握られた右手がしがらみを払うかのように空を断ち、返した拳は天を衝き、振り絞った声はまるで鬨のように猛々しく響いた。
「行くぜぇ!!」
 声は朗と青空に抜け、傍を固める団員の声が応と轟く。田中は息をするのも忘れて目を見開いた。一本木龍太という人間の声を、その時初めて本当に聞いた気がしていた。肺腑に響いた音は一瞬にして悲観的な空気を払拭し、場の雰囲気を一変させた。
 突き出す拳が空を打つ度、太鼓の、鈴の、呼子の、それら全ての合わさる音が重なる。少年達が強い表情で唇を引き結んだのが見えた。引き摺られるように我に返り、田中は今度は確かな意識で一本木の演舞を見届けようと、その所作の全てを追いかけた。
 追っている内に気が付いた。以前に一度だけ見ることが出来た団長の演舞とは、彼のそれはタイミングが違った。傍目にもそれと判るほどの迫力を漲らせ、息つく暇も無く激しい動きを繰り返す百目鬼の主旋律に対して一本木の動作は、言ってみればその裏の伴奏の部分を引き受けているようなものだった。独特なその動きを追い掛ける間に、覚えのある型を幾つか見付けた。つまりそれは、田中が初めに教わった型は一本木のものから大分絞られ、簡素になった一部に過ぎないということだった。流れるような身の熟しも、拳舞を繰り出す速さも、到底今の田中が追い付けるものではない。
 田中は無言で学帽の鍔を引き下ろした。今は未だ、追いかけることも出来ない。だから何も教えては貰えなかったのだ。そう考えて、俄かに重く曇った気持ちを引き摺りながら、丘に独り聳え立つ大樹を眩しげに見上げた時だった。信じられない光景が視界一杯に飛び込んで来て、田中は思わず息を呑んだ。


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