「おしまいの合図」

期間中に出来なかったEBA配信終了お疲れ様SSS。EBA滞在最終日、果敢トリオで酒盛りな話です。
とか何とか言いつつ例によって孤高リーダーを挟んでどうのなだけな話かも知れません。

 

 

「初めに試されるのは、どんな言葉を選ぶかだろう。或いは掛けた一言が致命的な一撃になってしまうかも知れないし、励ます側にも結構色々要求される」
　並々と注がれた冷酒を一口含み、Jは言う。この国に来てから初めて呑んだと言っていたが、直に氷に触れさせずにきつく冷やした無色透明のその酒を、彼は存外に気に入ったようだった。
「弱った人間を励ますことは、何気なくやろうとすると意外と勇気がいるよな」
　空になった杯を玩びながら、軽やかに笑う。らしからぬ筈の言葉の真意は、濃い色のレンズに阻まれて見えない。傍らの一本木が手を伸ばし、透明な硝子の徳利を取って無言で酒を注ぎ足すと、徳利の氷篭の氷がからんと鳴った。その更に隣で、物憂げな表情の西園寺がこめかみに落ちかかる髪を片手でゆっくり払う。
「困難に立ち向かう人々へエールを投げ掛け、不安を打ち払うということは、その苦難を共に負うということだ」
　西園寺は自らに言い聞かせるように真っ直ぐに、澱みない発音で答えた。
「意外も何も、容易である筈もない」
「怖いとは思わないのか？」
「だとしても、ということだ」
「成程ね」
　Jは注がれた酒を一気に煽る。飲み下すのだけはゆっくりと、それから深く深く息をつく。
「あんたはどうだ？　リュータ。本当のところは」
　問われた当人ではなく西園寺がはっとした表情で隣の男を見た。手酌していた動きを止めて、一本木は来訪者へ振り向く。即答はしなかった。徳利をテーブルに戻すと、硝子の表面にうっすら滲んだ雫が滑らかな線を描いてテーブルへ伝う。小さく広がる水溜まりに淡い墨色の視線を落とし、一本木は口を開いた。
「俺は」
「……おい」
　自らの答えが促した流れが、無口な男の予想もしなかったものを暴くような気がして、思わず西園寺が声を漏らす。そのまま言葉を繋ごうとした一本木のその口元へ、Jが不意に手を翳した。
「やっぱりやめた。答えなくていい」
　息を詰めた気配がJの指先に触れた。制した通り一本木が続きの声を飲み込む傍らで、西園寺は自分の盃に口をつける。安堵のような、或いはそれを恥じるような苦い表情を浮かべていた。遮られた呼吸のタイミングを取り戻して、一本木は息をつく。傍らの盃の酒の水面が微かに揺れた。
「この二週間程度の間で、世界中の希望も怯懦も恐怖すらも抱き込んで踊り、歌っているのだと知った」
　飲み込まされた何かの代わりのように、それからゆっくり言葉を継ぐ。
「だから俺も、西園寺も、ここだけを守っていられる」
　臆す心を吹き飛ばし、不安を打ち伏せ轟く声が、今は静かに答えた。最後の夜に、静寂のように三人の内に声が滲みる。
　西園寺が、手前の杯を取った。八分目程の冷たい中身を一息に煽る。小気味の良い音を立て、空の盃がテーブルに勢いよく置かれると、一本木が怪訝そうに眉を寄せた。
「西園寺。それは、俺の」
「今日はもう何も言わん。呑むぞ、ミスター」
　手の甲で口元を拭った端整な面差しが、顔色一つ変えずにJを見据えた。灰青の目が挑戦的な光を帯びている。見た目こそ対照的だが、二人ともよく似ていると、黒いレンズ越しの二人にJは思う。
「ボスが俺達を日本の任務に行かせてくれないのは、何の理由があるんだろうってずっと不思議だったよ。日本嫌いなのかとも思ってたけど、つまりは逆だったってことか」
　言葉を止め、Ｊは澄んだ酒の揺れる杯に、少し酔ったような視線を落とした。
「リュータ、ハヤト。短かったけど、ここに来れて良かったよ」
「また来ればいい」
「来たらいいだろう」
　何も難しいことなど無いように言う声が揃った。Jは呆気に取られ、そして破顔した。
「ああ。また、来たいな」
　一頻り笑って、揺れる杯を見詰めながら呟く。嘘を言ったつもりは、無かった。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

果敢組の中ではJが一番底抜けに明るいように見えるだけに、実は一番底が見えない感じだと面白い気がします。陽気な虚無持ちみたいな。それよかもう二度目の配信はないだろうなーと思うと、何と言うかちょっと今生の別れみたいな空気になってしまいますな……。

あと私感で恐縮ですが、果敢トリオは三人とも酒の飲める年齢イメージです(J＞一本木＝西園寺みたいな年齢差印象で)。そして未だに西園寺の表し方が固まりません。